母子猫のイラスト―フェイマスなアンディ・ウォーホル

 アンディ・ウォーホル(Andy Warhol)の母親にまつわる猫が可愛い。

 我が敬愛する文筆家・芸術家、伴田良輔氏の名著『奇妙な本棚』(芸文社/1993年刊)から、前回は「キスの連鎖」を取り上げた。今回もウォーホルの話である。
 ちなみに私はこの本のエッセイ「喋らない赤頭巾」で、フランスの詩人シャルル・ペロー(Charles Perrault)の「赤ずきん」、「シンデレラ」、「親指小僧」、「眠れる森の美女」とグリム童話「白雪姫」を抽象的なイラストで配したヴァルヤ・ラヴァーター(Warja Lavater)の6冊小型絵本『Le Petit Chaperon Rouge -and other stories』(ハートフェルド・レア・ブックス)が、どういうわけだか全くの勘違いでウォーホルの作品である――と思い込んでいたのだった。おそらく、ペローの『長靴をはいた猫』がキーワードとなって、ウォーホル親子の“母子猫”と混同していたのだろうと思う。
 私がここで取り上げるのは、あくまでウォーホルとその母ジュリアの、猫のイラストのことである。

ウォーホルの母子猫

 伴田氏は、ウォーホルの出世のターニングポイントをこう分析している。

 それは、1955年にニューヨーク・タイムズで掲載されたミラー社の靴の広告のイラストを手掛けたこと。
 女性が履くハイヒールなどを個性的に描いたイラストであるが、これは現在、『Shoes, Shoes, Shoes』のイラスト集で見ることができる。
 ウォーホルがフェイマスを意識したその軌跡をたどれば、さらに1年遡る画集『サムという名の25匹の猫と1匹の青い猫ちゃん』(“25Cats Name Sam and One Blue Pussy”)にもその兆候が示されていたという。
 この猫の画集は、セレブリティへの贈呈用として190部だけ作られたらしい。伴田氏はこのように述べる。

とぎれたりかすれたりしながら絶妙の描線で猫特有の身体の表情を表現したこの画集には、翌年の新聞広告の大ヒットにつながる輝きが溢れている。紫、オレンジ、赤、茶、などに塗りわけられた猫たちは宝石のような美しさだ。一見ラフなように見えてまったく無駄がない毛並みの描写はウォーホルの鋭い観察力を示している。

伴田良輔『奇妙な本棚』「ウォーホルの母子猫」より引用

 面白いことに、ウォーホルの母ジュリアも猫を描いた――。
 『アンディ・ウォーホルの母親による聖なる猫』(“Hory Cats By Andy Warhol’s Mother”)。

 悔しいほど絵心のない私からすれば、ジュリアが描いた猫のイラストから、ことばにできない絵心――優しげでチャーミングで、どこか惚けていて、被写体の猫に対する素朴な愛情が伝わってくる――がほとばしり、ウォーホルが天才ならば、母親も天才だったということで頷けるのだった。
 以下は、この画集についての伴田氏の解説。

ヘスターという名の死んだ猫に捧げられている。自由で力強く、ユーモア漂う絵の魅力は、驚くばかりだ。猫達はそれぞれ羽根飾りの付いた大きな帽子をかぶっておどけた表情をしており、突然出てくるお腹のふっくらした天使の、とぼけた表情には吹き出してしまう。多分ウォーホルが誉めそやして、母親を天才画家に仕立て上げたのだろう。

伴田良輔『奇妙な本棚』「ウォーホルの母子猫」より引用

 ウォーホラ家は、母と末っ子アンドリュー(アンディの本名)との絆が深かったようだ。
 アンドリュー少年はなかなか小学校に行きたがらなかった。そんな日は自宅で、母のジュリアと二人で過ごすのだった。父オンドレイは炭鉱夫で、あまり家にいることがなかったらしい。
 母の側にいるアンドリューは、塗り絵や切り抜き人形で遊んだという。台所にあるあらゆるものへの関心が高く、それをスケッチした。
 それを描いてはジュリアに見せる。描きまくる。ジュリアは大いに喜び、アンドリューを励ましたに違いない。学校など行かなくとも――。アンドリューにとって絵を描くことは、「ジュリアを喜ばせること」だった。

 やがてピッツバーグのカーネギー・テクニカル・カレッジを卒業し、ニューヨークで広告に携わるイラストレーターとなったアンドリューは、母親を呼び寄せ、レキシントン・アベニューのアパートで二人暮らしだったという。
 飼い猫には、みな「サム」という名をつけ、大いに可愛がった。それが、あの母子の画集。二人の絆の、《お互いへのプライヴェートな「プレゼント」》と伴田氏は述べている。

 アンドリューは、私淑する作家トルーマン・カポーティ(Truman Garcia Capote)に胸踊らせ、徹底してラブコール――手紙にイラストを添えて渡す企て――をした挙げ句、彼の自宅付近をうろついていたところ、カポーティ本人に、《気違いじみた若い男が僕に会おうとしている》と思われ、ガン無視され続けた。
 だが結局、カポーティのフェイマスは、ウォーホルのフェイマスとなった。

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