
短い備忘録として――。
私のお気に入りの本でもある、伴田良輔氏の『眼の楽園』(河出書房新社)には、“ウォーホル”のワードがあちらこちらに散らばっている。とどのつまり、伴田氏はアンディ・ウォーホル(Andy Warhol)に強い関心があったということ。
そのウォーホルの死に関しては、こんな記述がある。
×月×日
伴田良輔『眼の楽園』より引用
アンディ・ウォーホルがニューヨークの病院で心臓発作で死亡。去年の暮れのタルコフスキーにつづいて巨星墜つ。U子、ピアスO氏からたて続けに「死んじゃったね」と電話。発作という死に方がやっぱりウォーホルらしいと、U子。今日の東京の電話口で何度、「ウォーホル」という名前が発声されたのやろ。
これに続いてこうも述べていた。
×月×日
伴田良輔『眼の楽園』より引用
ウォーホルの葬式の電送写真がUPIロイターに入っているというので見たくてたまらず、FAXで送ってもらう。ピッツバーグのウォーホラ(WARHOLA)家の墓地に、いましも埋葬されんとする棺。その上にバラの花が5本ほど手向けてある。果たしてウォーホルには、自分の葬式についてのプランがあったのやろか。ないはずがないと思う。母親に買ってもらったサテンの裏打ちをした紫壇の棺桶の中でセックスにふけった(もちろん生前でおます)サラ・ベルナールとちごて、ウォーホルはアセクシュアルやから、棺桶にすでに自分そっくりな蠟人形かなんかを寝かして眺めてたかもしれん、などと思う。トニー・リチャードスンの映画『ラブド・ワン』には、地球周回軌道に乗せようと打ち上げられるロケットの棺が出てきた。ウォーホル自身、スターやカンやミッキーマウスや牛に死化粧を施してる葬儀屋の無口な職人みたいなとこがあったな。カツラの白髪の行方も気になる。
以上、幾度も眼にして伴田氏のウォーホル愛を想う。
アンディ・ウォーホルは、1987年2月22日に死去。以下、ウィキペディアより引用。
2月21日、ニューヨークのコーネル医療センターで胆嚢手術を受けるも翌22日、容態が急変し心臓発作で死去。58歳。生涯独身だった。ピッツバーグの洗礼者聖ヨハネ・カトリック共同墓地に埋葬。

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