大林宣彦氏の随筆「出会い」

 光村図書の中学3年用国語教科書(平成4年2月文部省検定済)から、映画監督・大林宣彦氏の随筆「出会い」を読んだ。
 書き出しは、こうである。

《一人の老女に出会った》

 たぶん、中学3年生の春、一番初めの国語の授業で、多くの学生がこの一文を読んだのではないか。
 あの大林監督が、老女に出会った――。そこは宿であった。

 随筆「出会い」は、尾道三部作(『転校生』、『時をかける少女』、『さびしんぼう』)で知られる監督が、まだ中学3年の時の、エピソードの回想録である。つまり、読み人である学生たちが、これから迎えるであろう“中学生活最後”の夏の日の出来事を、大林氏が先取りして語ろうとしているのであって、それはある意味、彼らにとって、「未来の出来事」の回想録でもあったのだ。

老女と出会った大林少年

 大林氏はその“中学生活最後”の夏、山口県の秋吉台に行き、単独でキャンプをし、深夜、悪天候の嵐に見舞われた。

僕はほうほうの態で、その翌朝、山口市内のこの宿にたどり着いたのだ。肌にまつわりつくぬれた衣服にてこずりながら、老女の前で裸になっている居心地の悪さから解放されたくて、中学生の僕は精いっぱい大人ぶって、こう話しかけてみた。
「この雨、やみますかねえ。」
 すると老女は、表情ひとつ変えず、ゆっくりと、こう答えた。
「我が国で、降りだした雨がやまなんだことは、まだ一度もござんせん……。」

大林宣彦著「出会い」より引用

 そこで出会った老女の一言が、大林氏の「その後」を決定した――。人と自然との関わり合い、それとどう向かえばよいか、その知恵を教わったのだった。
 つまり、雨が降ることも止むことも、それは自然の摂理であって、地球がそうすることを、さも望んでいるかのような、その全てが自然の生命力そのものなのだ。

《われわれ人間もまた自然の一部として、その中で生かされ、育てられていく。そのことをまずおそれ、感謝しなければならない》

 自然の意志をくみとり、その中で人間らしく生きていくための賢さを学ぶべきだ――といったことも、彼は随筆の中で述べている。
 あの老女は、広い部屋の片隅で、外の雨と“対話”しているのだった。

「出会いと学び」が手仕事になる

 大林氏が映画の撮影隊で雨に出合った時、ただ晴れるのを待って動かないのではなく、必ず、雨というものは止むのだから、雨がまだ降っていても行動して、雨が止んだタイミングで撮影をおこなう術についての論が随筆に記されている。
 それはまことに、古代地球人の叡智を思わせるような理路で、私は合点がいった。

 他の撮影隊なら、晴れてから出かけていくので、現地に行った頃には次の雨に遭遇してしまう。大林組はそうした自然との善き対話の中で、撮影計画を進行させているのだと気づいた時、なにか違った手仕事の趣を発見した気がした。
 そういうような視点で彼の映画作品を見れば、なるほどそういうことなのかと、部分部分で思うかもしれない――。大林氏は、そうした術で仕事をこなすことができるようになったのは、あの老女のことばから教わった(=学んだ)からだと述べている。

 さらにこのように慎重な具合で、彼は述べてもいる。
 あの時、自分が中学生で、キャンプの冒険の旅の緊張感と心の初々しさがあったからこそ、あの時のことばと真摯に向き合うことができたのだと。
 ことばとの出会い――。

 出会いとは、向こうからやって来るものではない。いつも心を開いて、世界を信じ、勇気をもってこちらから出発していってこそ、出会いは生まれるのだ。

大林宣彦著「出会い」より引用

 大林監督の映画作品には、見えないものとの対話、つながり、あるいは生と死、そうした尊い実存性の根源への畏怖が感じられる。
 大林少年が嵐でずぶ濡れになり、その雨に困り果てた時、自然の脅威を思ったはずである。人間生活を壊しかねない敵だと。しかし、そうではなく、その見えないものの声を聞き、よく理解すれば、敵などではない。雨はいずれ止むのだから、その時を待って、心を落ち着かせればいい。
 自然のざわめきに、耳を傾けるということ。大人の感性では、もはやそれはノイズに近いものになってしまうかもしれない。しかし、少年の日々においては、心の初々しさがそれを発見するのだ。いま流行りのことばで表すなら、それは「気づき」である。自然への「気づき」こそが、彼の映画の原点だったのだ。

 これを読んだ私も、大林宣彦という人が手掛けた作品の、「真髄」に近づけるような気がした。これからあらためて、尾道三部作――『転校生』、『時をかける少女』、『さびしんぼう』――を鑑賞してみたいのだ。そこに登場する少年少女らが、時に翻弄され、時に迷い込んでいく、懐かしい《青春》という時空。なぜ彼はそれを主題的に描いてきたのか、といったことの真実が、きっと見つかるに違いない。

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