〈再録〉円環

【写真家・佐藤邦子さんの組作品「屋上住人」①】

 朝日新聞朝刊に連載されている大江健三郎氏の「定義集」は、私の大好きなエッセイです。
 9月22日付のタイトルは、“【文化は危機に直面する技術】未知にのめり込む地殻変動”で、このエッセイの中に出てくる言葉、〈円環〉と〈文化〉と〈知と遊び〉が肌に染みました。

 音楽的体験の記憶が、自身の中に長く逗留しているにも関わらず、なかなかそれと再会することができない、未完で閉じたままになっている、しかし何かの拍子に、突然、再会が果たされる、あるいは明晰な発見に至る――ということがあります。その明晰な発見に至ったことを、大江氏は〈円環を閉じた〉と表現しています。

  話が少し飛躍しますが、似たような〈円環〉を最近覚えました。しかしこれは、結論を先に言うと、自己完結の問題に過ぎません。

【「屋上住人」②】

 1968年というと昭和43年ですが、その年の『カメラ毎日』というカメラ雑誌の6月号をいま私は持っています。

 その6月号のコーナーの中に、「シンポジウム/現代の写真―日常の情景―」というのがあります。そこで写真家・佐藤邦子さんの写真群が7枚掲載されています。タイトルは「屋上住人」です。

 最後の7枚目の写真(①)に、目が止まりました。キャプションによれば、東京・京橋のビルのペントハウスに住む荒川医院の夫妻ということになっていますが、別に私はこの方をご存じなのではありません。また自分と何か関係しているというわけでもありません。

 写真そのものに惹かれたというか、モノクロームの中のミニマムな世界に引き込まれたと言うべきか、あるいは被写体の方の、華奢の美学のようなものを感じ取ったのかもしれません。

 しかし、いずれにしても私自身がこの写真に惹かれた決定的な理由説明がつきません。ですが、この雑誌を手に取る時に必ず、この7枚目の写真(①)を眺めてしまうのです。

 写真家・佐藤邦子さんのことを調べようと、ネット検索しましたが、思いの外これといった発見ができませんでした。[写真の会]というサイトの中のテクストに、彼女の名前が出てきます。が、「屋上住人」をどういう経緯で撮影したのかについてはまるでわかりません。もう40年以上前の写真なのですから。

(2009.10.08)

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