
先月、『週刊文春』2026年3月26日号より、宮藤官九郎さんの連載「いまなんつった?」(第870回)を読んだ。「えー? 忘れてたぁ」。誕生日やらなんやらの、“サプライズ”な集まりが苦手――という宮藤さんの面白いエピソードだった。
それはこういう話。
なんだかきな臭い飲み会の誘いを受け、当日居酒屋へ行ったら、なんとそこには、宮藤さんが13年前に作・演出・作詞を手がけた舞台『高校中パニック! 小激突!!』の出演者のメンバーが、今か今かと待ち構えていたらしい。そして、
「宮藤さん、紫綬褒章おめでとうございまーす!」
その“サプライズ”に、本気でびっくりしたという。
そもそも“中パニック”の面々は、そろそろ集まって飲み会をしたかったらしく、宮藤さんが紫綬褒章を受賞したタイミングで「今だ!」と思い、決行した――というのである。
メンバーとしては残念なことに、ただ一人、「連絡がつかなかった」人物がいた。
バカロックオペラバカ
それはなんと、PARCO劇場の「40周年記念公演」だった。
『高校中パニック! 小激突!!』。
出演者は、佐藤隆太、勝地涼、綾小路翔、皆川猿時、三宅弘城、少路勇介、川島海荷、よーかいくん、坂井真紀、永山絢斗。
2013年11月24日から12月29日までが東京・渋谷のPARCO劇場。翌年1月4日と5日が宮城県の仙台サンプラザホール。11日から19日までが大阪・森ノ宮ピロティホール。24日から26日が愛知県の刈谷市総合文化センター。全20日の行程の、長い舞台公演であった。
ちなみに、宮藤さんが書き下ろした宣伝用の文言は、このようになっている。
押忍!メカの次はバカだ!
バカロックオペラバカ『高校中パニック! 小激突!!』の公式ウェブサイトより引用
バカとロックと短ランとジャージとタバコとタイマンとうまい棒とプレハブと新田恵利の「冬のオペラグラス」とエロ本とバカ。
略してバカロックオペラバカだ。
近未来なのに昭和だ。20代 30代 40代の不良学生がロックを歌いながら高校中で小激突!
そんなの今しかできねえよ!バカ!
なんともおちゃめで、ガチガチな文言である。
ここに出てくる「冬のオペラグラス」――というのは、昭和の時代に一世を風靡した、おニャン子クラブの新田恵利さんの大ヒット曲(1986年1月発売。オリコンチャート1位を獲得)のこと。同時代を生きた人にとっては、この曲を聴くと、80年代後半のエンタメの華やかさや猥雑な賑わい、あるいはバブルで弾ける以前の、阿漕な社会生活の切なさをヒョイと思い起こせるほどに懐かしい。
会社で強引なまでに飲み会が開かれる…。酔っ払った上司が、ネクタイを頭に巻き、赤ら顔のトロンとした眼で「冬のオペラグラス」を歌うか、それとも部署内で比較的“カワユイ”と称されるスレンダーなOLが、強制的に歌いなさいといわれ、無感情に押し殺して「冬のオペラグラス」を適当に歌うか、いずれかの光景を思い浮かべることができる。まことに切ない時代であった。
“メカの次はバカ”。
“メカ”とはつまり、2009年のPARCO劇場の舞台『メカロックオペラ R2C2〜サイボーグなのでバンド辞めます!〜』(主演:阿部サダヲ、森山未來、片桐はいり、松田龍平)のこと。だからその次が、バカ。
バカロックオペラバカ――。
いったいこれは、なんという世界なのだ。もうなんだか字面を反復して読むだけで、舞台の雰囲気を味わえそうではないか。ロックオペラで激しく熱く、濃厚なパフォーマンスが、都会のど真ん中で繰り広げられたであろうと想像して已まない。

記憶の奥の永山絢斗
そのクドカンさんの紫綬褒章を祝った(?)“バカロックオペラバカ”の飲み会で、一人現れなかったのは、永山絢斗さんであった。
永山絢斗。
みなさん、永山さんのこと、まだ覚えている方はいらっしゃいますか?
彼にいったい何事があったの? と思う人は、もうすでに芸能界通ではない。いや、そういう理由ではなく、私はぴしゃりと頭を叩かれた気がした。
クドカンさんは皆に感謝を述べたのだ。集まって祝ってくれてどうもありがとう――。で、永山絢斗は?
ナガヤマケントは?
誰かが答えた。
「今回も連絡がつかずで」
その会話の前段で、《永山絢斗を除いてみんないる!》というクドカンさんの文章を読んだ時、私の中で彼の存在を、「ほぼ3年間」丸々忘れていた――ことを思ったのだった。
そうであった。居酒屋だった、のである。
テレビドラマ『居酒屋ふじ』
栗山圭介原作の小説をテレビドラマ化した『居酒屋ふじ』(テレビ東京)。私はそれを、9年前、しっかりと毎週観ていたのだった。そう、それは、2017年7月9日から9月24日までのこと。
ちょうどその時期、私の両親が同じ病院で入院治療していて、私自身はひっきりなしに病院通いしていた。
時に疲労がたまることもあった。過度な心労を、なんとか気休めでもいいから対処できないか? そう思っている時、毎週土曜の深夜に放送されていたテレビドラマの『居酒屋ふじ』が、まさにその精神安定剤となり得たのだ。いうまでもなく、主演は永山絢斗さんである(共演:大森南朋、村上淳)。
主人公の青年・西尾栄一(永山絢斗)は俳優を目指していて、アルバイトをしながら生計を立て、夢を追いかけていた…。
そうしてふらっと立ち寄る居酒屋ふじには、顔見知りの常連客が酒を飲み、そこにほぼ毎回登場するゲスト出演の人物との様々なストーリーが展開され、西尾は経験豊かな大人として成長していく…。私にとっては、観ていてすっきりとした清涼感があり、癒されるものがあった。
また明日も頑張ろう――。そう思えた。ほんわかとやわらかく通い合う人々の人情って、素晴らしいと思えた。愛情ってやっぱり必要だし、熱いものだと信じられた。
番組が終了しても、録画したディスクを何度も繰り返し繰り返し観続けていたほど、『居酒屋ふじ』は私の好きなドラマだった。
ところが思いがけず。
永山さんは大麻所持の容疑で逮捕され、それがニュースとなった。
がっかりして二度と観なくなった
2023年6月。大麻所持容疑で逮捕。その後自宅からも大麻が見つかり、再逮捕され、7月には保釈。9月の公判で、「懲役6月、執行猶予3年」の判決が確定。
なんとその公判中の弁で彼は、中学生の頃には大麻を使用していたと証言し、それ以降も大麻を使用したことを認めた。
私はこの判決確定のニュースを知ったもっと前の時期に、『居酒屋ふじ』の録画ディスクを全部そっくり廃棄していた。
最初なんともいいようのない気持ちから、だんだん怒りと悲しみがこみ上げてきたからだった。
永山さんの私生活にがっかりし、そのことと相まって、自分が心の清涼剤としていたドラマの、全く現実を伴わないファンタジーを思い描いてしまった自己への憤り。そしてそのドラマに出演する俳優という職業の嘘っぱちに対する無念さ。だからこれを観返す気力もなくなり、「観る価値のないもの」としてそうせざるを得なかったのだ。
それから3年。私は彼の顔も名前も、ほとんど忘れていたほどに、思い返すことはなかった。
クドカンさんのその号のタイトル「えー? 忘れてたぁ」には、深い思いが込められていた気がする。
なぜクドカンさんはサプライズが苦手なのかというと、ほとんど白々しい場合が多いからである。
例えば、自分の誕生日がまもなくやってくる。誰かが音頭を取って、サプライズの「何かをしてくる」に違いないと想像する。わかっていてもそれを黙って待っていなければならない。案の定、「◯◯さん、おめでとうございまーす!」と、その「何か」が眼の前で始まる。当人は、「えー? 忘れてたぁ」といって笑顔を見せるしかないのだ。
それに関して、クドカンさんはこう述べる。《そう言うしかないやろ、そっちがサプライズ感出してんねんから、乗っかるのが礼儀やろ。腹の中で毒づきながら笑顔でやり過ごす空疎な儀式》――。
これを読んだ私の「えー? 忘れてたぁ」への思いは、そこの部分ではなかった。本当にサプライズだった。クドカンさんが書いた、13年前の“中パニック”のメンバーが、《永山絢斗を除いてみんないる!》という文章を読んで、本当に忘れていた永山さんという存在を思い出すことができたのだった。
彼にひっそりとエールを送りたい
自身の遠い昔の、家族に起きた悲しい過去を乗り越えるのだって、大変だったはず。いや、そう簡単に乗り越えられるものではないだろう。それをずっと抱えて、噛み締めて生きていかなければならない。
だから、腑に落ちない何かが、自分を過ちに導いてしまうことが、人生の中で起こりうる。そういう自分ではいたくないのに、そうしなくちゃやりきれなかった苦しみに縛られて、耐えられることができなかったり。
だからといって、過ちはやはり、過ちにしかならない。そうして起きてしまう自分の失敗を、何度も何度も繰り返してみじめな思いをすることは、誰だってある。あなただけではない。私もそう。みんなそう。それはもう、日々、反省するしかない。
かっこいいものばかりを見つめ続けなければならないインスタグラムから、若者たちが近頃離れつつあるという噂を聞く。そりゃそうだよねと思う。インスタには、かっこいいもの、美しいものばかりがそこらじゅうに溢れているから、自分が卑しく思えてしまうのかもしれない。鏡を見つめる自分。そして震える自分――。だから悲しくて疲れてくる。芸能人への興味や憧れも、その悲しい非対称の一つかもしれない。見ているほうにとって、美しい貴方がたのフィジカル・アミューズメント(顔や肉体美、リッチな生活ぶり)を見ていると、時々疲れてくるのだよ。
そんなところから永山さんは、芸能界にいて自分がその非対称の造形美の一部として「見られる」ことに、ほとほと嫌気が差していたのかもしれない。もういいやって、どこかで投げやりな気持ちになっていたのかもしれない。
自分の真の姿がさらけ出され、綺麗事の全てが吹っ飛んでいった代償は大きい。幻想で囲んでいたものが、全部無くなっちゃったのだから。私もあの時、永山さんを軽蔑した。でも、時が経って思った。あなただけじゃない問題。あなたを軽蔑することなんて、誰もできやしない。あなたは人。私も人。そこに気がついたのだ。
できればもう一度、頭の中を整理して、『居酒屋ふじ』を観てみたいと思う。ふつうにそれを観ていたい。永山さんは、いい映画にも出ているよね。それをふつうに、観たい。ただそれだけのこと。


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