
前回の「男のサガを売りにする男たちでバグる世界」は、まだ先月に書き下ろしたばかりで、こんなに早くまたバグるとは、思っていなかった――。前回の登場人物は、前山剛久さんと東出昌大さん。この強力なお二方のトピック以後、しばらくバグる世界はやってこないだろうなとは思っていたのに。それなのに…。
まさか、あのカウアン・オカモトさんで私がバグるとは思わなかった。驚いた。しかし、確実にバグってしまった。
5月12日付の東スポWEB。「カウアン・オカモト “ホスト転身” で大波紋 『元ジャニーズJr.』の肩書利用に批判殺到」。
ホスト転身って…
カウアン・オカモトさんといえば、3年前の4月、日本外国特派員協会の記者会見でジャニー喜多川氏の性加害問題を取り上げ、自らジャニーズJr.時代の性被害を訴え、大変なスキャンダルとなった(「〈再録〉かつてジャニーズはメディアの寵児だった〈1〉」)。
ミュージシャンである彼は、芸能界に一石を投じたのである。それどころか、ジャニーズ事務所一強だった芸能界を、良くも悪くもぶっ壊した当事者であった。ジャニーズ王国は崩壊し、タレントたちは思い思いに個々の活動の大修正を図り、一部のジャニタレはあろうことか、ジャニー喜多川ばりの性加害事件を起こし、いまだその波紋は続いたままである。
ジャニヲタ集まれ
少なくともカウアンさんは、あくまでミュージシャンという肩書で、日本のエンタメとは少し離れた立場で独自の芸能活動を続けていくのかなと私は思っていたのだが、どうもそうではないらしい。
前回の前山さんのトピックで、彼が六本木のメンズラウンジ“CENTURY TOKYO”でホストをしていた云々にふれたが、そのホストクラブの姉妹店である歌舞伎町の「CENTURY新宿」で、カウアンさんがデビューするというのである(5月17日より出勤予定とのこと)。
問題は、店長がSNSを通じて彼の出勤を予告し、その際、「ジャニヲタ集まれ」と呼びかけたというのだが、これに批判が殺到。カウアンさんへの300件を超えるクレームのDMが寄せられたという。
しかも当のカウアンさんも、「すごいなー ジャニヲタって 公園で大きな石持ち上げたら『めっちゃダンゴムいるやん!』ぐらい湧いてきた。もはや愛おしいよ 17日待ってるね、姫たち」と同日発信し、自身の売り込みに余念がなかった。というか、何の悪気も感じていないようなのだ。かつてジャニーズ王国をぶっ壊した当人とは思えない、変貌ぶりというか転身ぶりである。
それは稼ぐためだけなのか
カウアンさんの、日本のメディアのタブーを打ち破った功績は大きい。加害者側の事務所は内外のメディアを通じて謝罪し、被害者救済のフレームワークをこしらえ、コンプライアンスの強化も図った。
その後しばらくのあいだ、私はカウアンさんのインスタなどをこまめに閲覧し、彼のその後の活動を見守った。ミュージシャンとしての活動は少しずつ軌道に乗りつつあるなという判断で、彼の夢、彼のやりたかったことは実現できるという確信をもってして、カウアンさんへの直接的な関心度を徐々に薄めていったのである。
だから、今回の彼の“ホスト転身”は、何か破れかぶれの方策だったのではないかと案じる面があるのだけれど、果たしてどうなのか。
結局、いかなる過去の忌まわしい記憶があろうとも、やはり自分はジャニーズJr.出身だという誇り(悪くいえば売り)に頼らざるを得なかったのだろうか。批判的な人たちとも丁々発止でやりこなし、それは次第に内面的に極度なノイズとして高まってくるだろうが、どう足掻いてもこの世界で生きていくしかないのだと腹を括り、身構えている現況だと私は察する。
誠実さを失っていく怖さ
しかし、人としての誠実さは、そういう巨額の金が動いていく世界に飲み込まれた中で、失ったようにしか見えないのが切ない。
それはとても残念なことである。
カウアンさんの魂はそこにあるのだ。彼は誠実な人だ。それでもああいったビジネスの世界で生きていく決心をしたというのは、片方で愛が見えづらくなり、片方で本当に大切な人が徐々に離れていってしまうのではないかという悩ましい問題がある。
それもまた悲しいことであり、率直にいって私は、カウアンさんはそういう世界で生きてほしくない、生きるべきではないとさえ思うのだ。
考える時間の猶予はある。
私もそうしたことを表意しつつ、これが最後の、バグる世界なのだと思った。
もうバグる世界を追わない。見つめない。バグる世界なんてない。
彼らのグダグダな人生を、いくら反面教師的に顧みたって、あるいは面白可笑しく見たとしたって、それが自分にとって何の徳にもならないのだということに気づいたわけである。
誠実な人は離れない
私の人生において、近しい関係の中に、〈どんだけこの人は誠実なのだろう〉と感謝したくなる人たちが何人かいる。
バカな思いつきで、一旦私はこの人たちと離れるべきじゃないのかと勝手に思い込み、そうした行動をとったことがあるが、ことごとく修復される。もうほんとに、素晴らしいくらいに。
その時は「申し訳ないことをした」と反省した。誠実な何かが、それを強く阻止するのだ。そんな簡単に絆を外そうとしないで。離れようとしないで――。だって私とあなたとは、もっと長く続いていくものでしょ。
自分の不誠実な態度は、他者の誠実さで修復されてしまうのだ。その力はハンパではない。
ちょっとした過ち、魔が差した時の不安や悲しみ。でも相手は、気にしちゃいないのだ。そんな少しの不安定な心持ちが起きたからって、その人とのつながりが断ち切れることなんてない。それが誠実さの力。「誠実の利力」といっていいかもしれない。だから私は安心して、彼らといつまでも付き合っていける。
エンタメは人を喜ばすお仕事
カウアンさんに限らず、エンタメの世界であれもこれもと手を付けて仕事を増やしていくやり方って、どうも腑に落ちないのだ。はっきりいえば、到底一流になんかなれない気がする。
それだけならまだしも、見ている人、応援してきた人を裏切って炎上商法に頼るような態度は、私にいわせればクズ。何の値打ちもない。あなたの何がかっこいいの? といいたくなる。
その人の本当の美しさって、真心が伝わってくること。ごちゃごちゃで汚らしい心でしかない人は、芸も三流。そういう今風のエンタメ的な生き方しかできない芸能人は、美しい人ではない。ちっとも見たいとは思わない。
だからこそ、カウアンさんが向かうべき道は、どこなのか?
それは、とても誠実なところに決まってる。誠実な人の近く。誠実なお仕事をやり続ける。誠実な住まいで落ち着いた生活を維持する。
それ以上のことは、もう私にはわからない。
エンタメの世界で生きる彼を、見つめていく術は、私にはもうないのだ。
§
自分のことは自分で始末をつける。そして彼を見て、大きなことを学んだ気がする。
バグる世界は、もうここには無いのだということを――。これからも、どこにも存在しないのだということを。
「バグる世界」は本当にこれで終わりです。これまで読んでいただきありがとうございました。
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