資生堂の『花椿』と手鏡

 子どもは、刃物やガラス、鏡で遊ぶことを許されなかった。手を傷つけたりして、危ないから――。

 遠い記憶の残影を想い出す。
 私がまだ幼少で、保育所(市内の認可保育園)にいる時、やんちゃな男の子がはしゃぎすぎてしまって、ガラス戸に頭を突っ込み、大きな音を立ててガラスを割ってしまったことがあった。
 割れたガラスは床に散乱し、男の子は頭から血を流した。
 すぐさま病院に運ばれていって騒然となったが、ガラスが散乱した床は、血の海で真っ赤だった。

 鮮血の中に光る、ガラスの妖しい輝き――。不思議な光景だった。

 翌日男の子は、頭に包帯を巻いて保育所にやってきた。元気だった。だが私は、あの床の真っ赤な血が、暗く重い記憶として残った。
 刃物やガラス、鏡で遊ぶと危ないから怒られる――。それは私にとって実地の経験則となった。

家の中の鏡

 鏡は自分の姿を映す、「真実の像」と思われた。
 昔、自宅の玄関の壁に、大きな鏡が張ってあった。玄関のドアを開けると、そこに自分の姿形がおおむね全て映るのである。
 風水では、“玄関に鏡”を置く場合は、「真正面は避けよ」という。福をもたらす気が鏡ではねかえって逃げてしまうので、「良くない」らしい。
 ただし、玄関の左右ならいい。その場合、鏡は金運、対人運、恋愛運をもたらす。

 風水を意識するようになり、ある頃に我が家では玄関の鏡を外した。それで福が入るようになったかどうかはよくわからない。あくまで気分の問題だった。
 まだ玄関に鏡があった子どもの頃には、その鏡に顔を映して眺めるのが日常だった。男の子は髪をとかさないし、化粧もしない――。ぶっきらぼうな顔がそこにあるだけである。鏡の利用性としては、ただ自分の顔を映すというだけで、それ以外の価値はないと思っていた。

【子どもの頃に使っていた資生堂の手鏡】

資生堂の手鏡

 母親が化粧をする時に使っていた古風な形の鏡台が、ある部屋の隅にあって、よくその鏡で自分の姿を映していたことがあった。座ると少し高いくらいの高さの鏡台で、子どもの身体を映すのにはちょうどいい大きさだった。
 鏡台の引き出しには、美しい形の手鏡がしまいこんであった。母が家に居ない時、こっそりそれを持ち出して、遊んだのだった。

 それは、資生堂の手鏡だった。「花椿会」(「花椿CLUB」以前の愛用者組織)の記念品らしい。

 細長い柄の長さを計ってみたら、13センチあった。細くて長いので、手に馴染みやすく、持ちやすい。楕円形の鏡部分の長さは、縦11センチ、横8.5センチ。鏡の縁は、古代ギリシア彫刻のような細工が施してあって、柄の部分は唐草模様になっている。銀製かもしれない。

 鏡は自我の発露をうながす生薬となり、無意識にそれを支配した。

 母親はよくデパートやスーパーに行くので、私も連れられてよく行った。洋服売り場の試着室にある鏡は、子どもからすればとても大きいもので、私の小さな体の全貌がよく見えた。当然、家の玄関の鏡よりも大きいので、デパートにある鏡は特別な存在だった。そこでもやはり私は、自分の顔を鏡に映すのを好んだ。
 家の玄関にある鏡、それから母親が使う鏡台の鏡以外にも、家にはいくつかの鏡があったが、どれも小さいものだった。洗面台の鏡、風呂場にある鏡――。浴室が狭く窮屈だったので、はっきりとそこで顔を映して眺めることに興味を覚えなかった。だから、何より好きだったのは、ひそかに持ち出せる、資生堂の手鏡だったのだ。

資生堂の『花椿』

 資生堂のPR誌『花椿』は、1937年(昭和12年)創刊である。

 別に、子どもの頃に読んでいたわけではなかった。
 『花椿』は、読む雑誌としては“日本人女性の花園”――といった感じが、しないでもない。むろん、それは私個人の勝手な解釈であり、男性が読んでもいいわけである。

 ただし、男性が読む本としては、いささか偏見となるけれど、失楽的要素が濃く、堂々と読む気がしない。昔なら。隠れて読む場合にふさわしい本といったほうがいい。
 昭和期の家庭なら、奥さんが読む本がずらりと並んでいる本棚の奥から、その『花椿』をこっそり盗み読みするのは気が引けるし、あとでバレたら差し障りがある。だから、ひそやかにそれを読むためには、床の間の引き出しにしまっておき、夫が独りきりの時に読んでみる価値のある本――と考えるべきかもしれない。

 今はそんなような、ヘンテコな考えは一切いらない。読むのに不自由な違和は、全くないのである。
 例えば男性が、堂々と『婦人画報』を読んでいたって、それが何なの? という時代である。むしろ女性から喜ばれるかもしれない。なぜなら女性は、男性に女性自身のことを、正しく清らかに知ってほしいと思っているからだ。
 したがって、今の時代はともかく、女性雑誌を読むのに多少の違和感を覚えるのは、古い世代の人の感覚にかぎっての話なのだ。

 鏡について書いている。だが少し、寄り道をしたい。

ユニセックス論

 『花椿』1967年10月号(No.208)の表紙のモデルは、立川ユリさんである。
 鮮やかなカラーの服装、サイケデリックな化粧が目に焼き付いて離れない。立川さんは、とくに70年代の『an・an』のモデルで知られている。

 ページをめくると、「男女共通のセックス、ユニ・セックス」の見出しが目に飛び込んできた。詩人・宗左近氏の文章がいまもって斬新で面白いのだ。

髪の毛を首筋まで長くする。赤いセーターを着る。スカートをはく。それが、男の子。髪の毛を刈りあげる。黒いヴェストンをきる。パンタロンをはく。それが、女の子。

『花椿』1967年10月号より引用

 私も“古い世代の人”だから、読んでキョトンとしてしまったが、ファッションにおけるジェンダーレスのことを述べているらしい。そういう感じのファッションとしてのジェンダーレスは、今の時代においても日本では、気後れしすぎているくらいに後進である。

 よく、子どものランドセルの色の問題が引き合いに出される。
 昔は、ランドセルの色は「男の子は黒」、「女の子は赤」と決まっていた。他にも違う色の製品があったかもしれないが、社会的通念の決まりごとで、「男子=黒」、「女子=赤」が規範となっていた。運動会の時にかぶっていた帽子の色は紅白のみで、「男子=白」、「女子=紅(赤)」というわけでもなかった。
 女性が赤っぽい色を好み、男性が黒や青っぽい色を好むというジェンダー思考の規範は、逆説的にユニセックス論の反原則となり、赤いセーターを着る男の子、黒いヴェストンを着る女の子といった思考が生まれるのだ。

 とどのつまり、男の子がひそかに女の子の格好をしてみたくなる願望――ということのファッションである。女の子が男の子の細くてすらりとしたパンタロンをはいてみたくなる誘惑――というべきもの。
 男の子の中の、女の子らしさ。女の子の中の、男らしさ。それをファッションでかろうじて追求してみたのが、男女共通のユニセックス・スタイルであった。ユニセックスとは、もはや時代性を感じる表現となってしまった感があるが、文中には次のような激しい表現もある。

現実のセックスの世界では、どうであろうか。ひとくちにいえば、フリーからもフリーになろうとしている、男の子同志女の子同志の、いわゆるホモ。ここには、エロスの偏向狭隘がある。相手の見さかいのない一時的な異性間の乱交。ここにはエロスの軽視鈍磨がある。
ホモと乱交からの自由化。それは、いわば現実におけるユニ・セックス。相手の外形が男の子であるか女の子であるかは、問題でない。重大なのは、ひたすらエロスの充実と徹底。

『花椿』1967年10月号より引用

 覚めやらぬ間にどきりとするようなユニセックス論である。

【多種多様なファッションを生み出したヒッピー文化。自由であったが、ユニセックス思考からは遠かった】

わからないから新しい?

 映画評論家・岡田晋さんがフランスの映画人について御託を並べた記事もある。見出しは、「新しい映画、むずかしくいえば現代の映像化」。

 ミケランジェロ・アントニオーニ(Michelangelo Antonioni)も、イングマール・ベルイマン(Ernst Ingmar Bergman)も、それからアラン・レネ(Alain Resnais)も、ジャン=リュック・ゴダール(Jean-Luc Godard)も、よくわからない――と、岡田氏はいう。

 よくわからないから、新しいのだと。

 ところが実際に、パリのカルチエ・ラタンの学生街をおとずれて、なんてことはない、“壁のシミ”を見ていたら、「なんだかわかってしまった」らしい。
 フランスの生活に直にふれていると、彼らの映画が新しいわけでもなんでもなく、生活の呼吸そのものであることに気づいたのだ。“ナマの生活”そのものを写しているから、フィルムに焼き付けられたものとしてそれが新しいのだと。彼らの“新しい映画”とは、生活の呼吸の中から滲み出てくる、「作者の心情」を現したもの。
 ヌーヴェル・ヴァーグやシネフィルというのは、そういうものであると、私は岡田氏の文章を読んで納得した。

【鏡の世界は輝きを見出し、あなた自身を発見する】

ニューブライトはあなた自身

 「特集・new“BRIGHT”ニューブライト」は、ビジュアルによるイマジネーションの世界である。ここでは鏡が主人公だ。

鏡の面にうつったあなたと、あなた自身との対話。これを女性永遠のナルシス的世界とみることもできます。でも、あなたが目覚めて、一日をすごす十数時間。そのあいだじゅう、あなたが、その世界にいつづけることは、あり得ないことです。

『花椿』1967年10月号より引用

 鏡の中――といっていいのだろう。
 明るい輝きに包まれた自分自身を見、遊び、はたらき、やすらぎを覚えること。鏡は、あなたがあなた自身を見つめる没入の装置でもある。
 ナルシスのように、ずっとたたずんではいられない世の中のせわしい日常生活がある。しかし、鏡の中の自分との対話は、女らしい内面の錯誤であり、それはもはやオールドタイプの生き方を示すのだと。もっと違うものを感じるべきだと、ここでは述べているのかもしれない。
 例えばそこに、《信じられないほどのブライトな新しい光と色につつまれている》、あなたの美があると――。

 ブライトとは、「明るい」とか「輝いている」とか、「聡明」である意。
 光とか光っているというと、抽象的な白い光のようなものをイメージしがちだが、そうではない。鏡に映っている自分自身が光の総体なのである。私たちが「見える」ものは、全て光の反射の像であり、目に飛び込んでくる光の感知だからだ。
 つまりここでいうブライトとは、あなた自身、その内面を意味しているのである。

【色彩を強くモデレートしていたのが60年代後半から70年代のファッションセンス】

§

 肯定的に、鏡は女のもの、女の心そのものだ、とする大義名分があるとすれば、私の好きだったあの資生堂の手鏡は、まさにジェンダーレスの予感めいたもの、その一線を越えるもの、あるいはそれをいい意味でなしくずしにしてしまうものだったのだろう。鏡が男性に寄り添うなんてことはありえなかったことが、子どもの感覚の中でそれを打ち破る瞬間を体感した――といっていい。

 ところが私はそれを、その感覚を、子どもの時分にどうしても言語化できなかったのである。鏡に映った自分を見、〈大人になっていってしまうのではないか〉という恐ろしい予感に打ちのめされ、もっとその先の、散りゆく花びらのような《死の宣告》の影までも、覗き見えていたのではないか。

 まだ子どもだった頃、ブライトな恋に出合い、ときめき、その夢が破れて心がぐしゃぐしゃになった挙句、それでもなお、鏡の中の自分を見つめ続け、そこから新しい光を発見していく。性的な自分自身の発見であった。
 それを性の匂い――と表現したい。手鏡が性の匂いを発露し、自分自身がその匂いに快感を覚えること。そんなような秘匿の経験をしていくのだった。男の子であるがゆえに、鏡は危ないもの、遊ぶことは許されないものとして、私のそのふるまいが自由にできないのだった。

追記:鏡と光の効果を用いた前衛的なヌード・フォトグラフを目指す[美裸態プロジェクト]こちら

https://miratai.dodidn.com
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