
当文藝ブログ[Petro Notes]へのエッセイの投稿は、いわば私のウェブ活動の“メインフレーム”(mainframe)となっている。しかるに、ことばを紡ぐメッセンジャーとしての責任と自負を抱え、そのことばによって生かされている――ということになる。
ところで、私のウェブ活動とは、つまり青沼ペトロの名を残すことと、人となりを示すことにある。
このことは多少、おこがましさが含まれているのだけれど、自己省察の補助的役割も担っているのだ。書き残したことが誰彼に検索されることは、それほど気持ちの悪いこととは思っていないし、書き残したものに限り、大いにふれてほしいと願う。
――ので、旧文藝ブログ[Utaro Notes]が消えて3か月、を想う。
たったの11%
昨年、[Petro Notes]に移行したのだった。それ以前の[Utaro Notes]は、そのままアーカイブとして存在していた。が、昨年の大晦日に、自分のミスでこれがぽーんと消えてしまった。
さすがに今頃になると、[Utaro Notes]の投稿のタイトルなど、検索でほとんどヒットされなくなったわけである。
それを自己認識すれば、やはりショックだった。表向きのデータとしては「ウェブ上に存在しない」のだから、検索できなくなってきたのは当然のこと。まるで過去の自分が消えていってしまったかのようで、はじめは怖かった(「青沼ペトロの年頭所感―[Utaro Notes]消えました」参照)。
当初は諦めたのだった。しかし、ウェブ上の“隠れたところ”(=裏側のデータベース)からデータを引き出す方策を知って、〈再録〉を試みた。
結果、[Utaro Notes]のおよそ900に近い全投稿のうち、抽出作業で引き出せたのは、11%ほど。この〈再録〉は非常に手間のかかる作業であったが、消えてしまった分のほうがはるかに大きいのだった。
思い起こせるものは、遥かに遠い。
母校の小学校の百葉箱のこと。中学校時代の大親友に書簡を投函したこと。東博(東京国立博物館)であれやこれやと長年たくさん企画展を鑑賞したこと…。
そのほか、高校の同級生と演劇を観た想い出とか、音楽にまつわる話とか、とにかくそういうエピソードが[Utaro Notes]にはいっぱい詰まっていたのだった。
もう頭の中の記憶としては、それらのエピソードの幻影が薄っすらと残っているだけで、今となってはすっかり細部を思い出せなくなっているのである。ゆえに、文章に残していた「記録」が、突然藻屑となって消えてしまったことは、客観的にいうと「悲しい出来事」に違いないのだ。
夏の海岸の砂浜。好きな子の名前を指でなぞってほくそ笑んでいる私。
しかし、一瞬にして波がそれをさらっていく。
文字が打ち消されてしまった時の悲しさ。残念さ。ショック。それをつまり、「物悲しい」というのかもしれない。けれど――。
そう。
「物悲しい」といえば――。

幸せの照れ隠し
「ものかなしい」とウェブに書き残した私の知り合いの既婚者の男性――私はその人のことをずっとお坊っちゃまBと呼んでいる――に、新しく家族ができたのだった。
子が生まれたのである。
だから、あのちょっと軽めの「ものかなしい」は、単なる気まぐれの、モノローグだったのだろう。
それを彼は、喜びとか幸せの感情の、代償あるいは代謝のような意味合いでいい表していた、というわけではない。けれど、たぶん幸せの、照れ笑いに似たものだったのだろうと思う。はじめ読んで、そんなことにはちっとも気づかなかった。子が生まれたなんて――。
とはいえ私も、結果的には気持ちが落ち着いたのだった。彼が演劇をやっていたのはもう過去の出来事だ。人生を、演劇でどっぷり浸かってみてはどう? というようなことを遠回しにアドバイスしたこともあった。だが彼はそういう人生を選択しなかった。なぜ? とは思ったけれど、彼には彼の生き方があった。
そんな彼の若き勇姿を綴った劇評のいくつかも、全て藻屑となって消えてしまった。本当にごめんなさい。
消えちまったのなら仕方ない。でも、そこからなにか、新しいものを産めばいいのだ――。彼がそう呟いているようである。
だからやっぱり『小さな恋のメロディ』
『小さな恋のメロディ』(“Melody”/1971年イギリス)の映画がもう一度観たくなった。ざわざわとした気分である。
マーク・レスター(Mark Lester)さんとトレイシー・ハイド(Tracy Hyde)さんが主演。さらに悪友の役で共演したジャック・ワイルド(Jack Wild)さんは、20年前に亡くなってしまったけれど、ある日本人の方がロンドンの南部にある劇場で、彼の最後期に近い舞台を拝見したそうである。
そんなことを、その人が自身のウェブサイトに記していたのを見た。もしかしたら、日本人で彼の“生の舞台”を観たのは私が最後だったんじゃないの?――って。ワイルドさんはその時既にガンだったのだ。
そういう文章をウェブで見つけ、映画へのさらなるときめきを覚えた時、私は涙があふれて止まらなかった。
だから、書いて自身の文章をワールド・ワイド・ウェブに残すことは、それなりに意義があると思いたいのである。
どうか、[Petro Notes]をよろしく――。
そうはいったって、私のこの文藝ブログはちっとも役に立たないクズなんだろうけれども、それでもなにか、一点だけでも参照のタネにしてもらえれば、というのが私の願いである。
いっぽう、小説は書きたいが、なかなか書けないものだ。
まだ書けない――としておこう。末筆。余計なことであったね。
関連記事

コメント