宮沢りえ&篠山紀信の『Santa Fe』

【宮沢りえ&篠山紀信の会心のヌード写真集『Santa Fe』】

 そういえば、思い出した。昨年の7月末、私はBlueskyで以下のような文をポスティングしたのだった。

幼少期から、今日に至るまで。私の「心身の成長に影響を及ぼした俳優さんたち」。順を追って。リンゼイ・ワグナー、シガーニー・ウィーヴァー、マシュー・ブロデリック、キム・ノヴァク、宮沢りえ、本木雅弘、トム・クルーズ、ウォンビン、池脇千鶴、瀬戸康史。以上です。

青沼ペトロのBluesky(2025年7月30日付)より引用

 俳優さんの仕事ぶりや生き様をとらえて、なるほどなあと感心した人たちであった。この中に、宮沢りえさんの名前があることについて、ここでは言及していきたい。

あれは唐突なる衝撃

 宮沢さんの存在感が、私の「心身の成長に影響を及ぼした」点は、たった一つのこと。それは「身体性」の発見である。

 いうまでもなく、宮沢さんのあの衝撃的な写真集のことを指している。
 “伝説”級のヌード写真集『Santa Fe』。

 かつてアポロ11号の宇宙船が月面に着陸し、人類が初めて月の地べたを歩いた歴史的瞬間のイデオロギー的パッションのように、あの『Santa Fe』の発売予告の新聞広告を見た時、己の身体から跳ね返ってくる光の神々しさと「純真」さの残影を想像し、宮沢さんの身体と重ね合わせていたのだ。
 想像の身体が、眼の前を通り過ぎようとしている。最も美しい二重露光となって――。

 1991年10月。当時19歳だった私は、新たな学校生活の中でそれなりに充実した日々を送っていた。たちまち、透き通るような乳白色の裸体をぼんやりと目撃してしまう。そしてそれは衝撃に変わった。
 新聞の広告欄――。この世のものとは思えない不思議なものを見た気がした。眺めたというよりも、一瞬の出来事に近い。それからまもなく、巷では、“宮沢りえのヘアヌード写真集”というワードが一斉に飛び交うのである。誰しも一度はそれを口にして、その得体のしれない興奮を目の当たりにした。

【一言で色気といっても、彼女のそれは永遠の少女性を想わせるのだ】
Santa Feって何ですか?

 1988年公開の映画『ぼくらの七日間戦争』(監督・菅原比呂志)で宮沢さんが溌剌とした中学生役を演じ、見事に日本アカデミー賞の新人俳優賞を受賞した頃から、私のときめきのベルは鳴り止まなかった。もはや彼女は空前の大スターであり、テレビや映画、雑誌などでの八面六臂の活躍をしていた頃だ。それについては、今更こまかく述べる必要もないだろう。

 彼女の笑顔を思い浮かべるだけで、私の卑屈な工業高校生活は、何かまだ救いがあるのではないか――という幻想を抱き、それが錯覚であることに対して、まるで無頓着だったのだ。憧れだとか、同じくらいの女の子と出会えるのではないかという期待が膨らみ、自己の極めつけのマスキュリズムに嫌悪感を抱くほどではなかったのである。だからまだその頃の私は「純真」だったのだ。

 新聞広告で突然、宮沢さんの神秘的な身体があらわになった時、もはやその「純真」を維持することはできなくなってしまった。見たいという欲求が、心身のバランスの制御を失っていくのである。果たして、その本の中では、彼女の「衣服が剥ぎ取られた裸体」がどれだけあるというのか――。

 広告に掲載されていた写真は、孔のある木製の扉から顔を出す宮沢さんの姿であった。
 技巧が凝らしてあるせいか、うまい具合に胸と下腹部は隠れていて見えない。だが、ぽっくりとしたヘソが見え、両腿も露わになっている。
 胸とヘソの間の上半身に強い光が差し込み、それが強烈な印象となった。この世のものとは思えない柔らかな美しい光。あとで考えれば、それがエロティシズムの源泉だったのだ。木製の扉が、見たこともない珍しい形をしていた。

【天使としかいいようのないありのままの宮沢さん】

 Santa Feって何?

 アメリカはニューメキシコ州のサンタフェという都市のことである。サングレ・デ・クリスト山脈(Sangre de Cristo Mountains)のほとりにあり、周辺は砂漠地帯である。かつてスペイン領、メキシコ領だった名残がある観光都市。芸術の町。カトリック教会アッシジのフランチェスコ(Francesco d’Assisi)で知られる。
 当時、そんなことも私は知らなかった。広告の写真は一瞬の邂逅ですぐにビジュアルとして記号化され、私の脳裏に焼き付いて消えない。その想像の産物は、長期にわたって頭の中に醸造されていく。「純真」との引き換えに、あの柔らかな強い光を浴びた宮沢さんの身体が愛おしく思えた。

ヘアヌード写真という具象

 その頃もはや、巷では、「サンタフェ」が流行りことばとなっていた。ある意味において、隠語である。「サンタフェ」は、美しい少女の“ヘアヌード写真集”――。18歳の宮沢さんのピュービックヘア(陰毛)が、そこに写し出されているのだと――。実際に写真集を見た人も、あるいはそれを買ってもいない人も同じことを繰り返すのだった。私の友人からも、同じことばを聞いた。

〈宮沢りえのヘアが写っているらしい〉

 あまりにも馴れ馴れしいではないか。
 しかし、友人にはそれを見たいとも思わないふりを、私はしていたのだと思う。自己否定的にあのサンタフェの扉の裸体が、なにか汚いものとなって壊されていくような気がして、それを露骨に覗いてみたいとも思わなかった。ただ本心としては、あの天使のように可愛らしい宮沢さんだって、立派な陰毛が生えているのだということを、自分の目で確かめてみたかったのだ。

 それは無理な願望であった。なぜなら当時、私は、大判のヌード写真集を堂々と書店で買う勇気がなかったからである。

【これが宮沢りえヘアヌードの貴重なカット】

 あの頃既に、樋口可南子さんの写真集『water fruit』が出ていて、篠山紀信さんが樋口さんの肉体の全てを、ありのままに撮り下ろしたという事実が、喧伝されていた。有名人の女優が裸どころかピュービックヘアを晒すとは、いかなる心境だったかはともかく、写真の中で他人のヘアを見るという当時の日本では、あり得なかった解禁現象は、この写真集がきっかけとなったのだ。
 単なるスキャンダラスな芸能ネタというだけでは済まない、もっと深い意味をとらえようとしていた学生の身の私には、全く手がつけられぬ芸術領域であった。個人的にいうと、のちの伴田良輔氏の本の発見によって、そうした領域の思索が始まったのだった(「『震える盆栽』を読んだ頃」)。

§

 かれこれ、もうだいぶ大人になってから、『Santa Fe』の写真集の全てを覗くことができた。

 そこに、月の石なるものを発見できたのかどうか。誰かがぼやく。
〈どこにもヘアなど写っていないじゃないか〉

 いや、違う。確かにそこに、写っている。

 きわめて小さな夢。
 微笑ましい1カットのそこに、ほら、草原の中で佇む彼女の下腹部に、ポツンとした黒い影があるでしょう。
 黒い影ね。

 しかしそれが、正真正銘ヘアだったのだ。
 宮沢りえの、ピュービックヘア…。なんて可愛らしい。
 口に出していっても可愛らしさと懐かしさが、こみ上げてくる。興奮して度肝を抜かれたとか、衝撃的なヘアヌード――といったペテンに近い形容語句は、もうここではふさわしくないのだ。

 艶やかで、可愛らしい天使が、優雅な光を浴びてただならぬ香りを発している。ありのままで、二度と戻ることのできない天使の姿。私の少年時代の「純真」の欠片が、天から降ってきたようである。

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