
うつろな目を見開いて、ぼんやりと視界に映り込んでいたのが、ヘルムート・ニュートン(Helmut Newton)のポラ写真だった。
開いたままの写真集は、少し灰色に褪色していて、硬直した女の乳房が白く戯けているのだった。首を横に揺さぶれば、彼女の胸は踊りだす。
まだ、Jack Daniel’sのバーボンが頭を回っている。
たしかさっきまで、夢を見ていたはずだ。
燕尾服を着た初老の男が、桃色のシャツの白髪婆さんの手を握りしめて、とぼとぼと前へ歩いていく。青みがかったアスファルトが見える。そこはリンチバーグ(Lynchburg)の町なのか、もっと遠い海岸の砂浜なのか、イメージがおぼつかない。男と婆さんは後ろ姿のまま、歩いていってしまった…。
目を覚ませば、女の乳房だった。
No,nipples please…
大江健三郎氏の「不思議な少年」(岩波新書/『親密な手紙』)になぞらえて、その無垢なる願望に近い経験を過去から思い起こしたのが、《緑衣の青年》である。
実をいうと、その青年と私は、一度も会って話をしていないのだ。

その後思いがけず出会った、短髪でTシャツ姿の、まだ青々とした顔の“青年労働者”を彼――《緑衣の青年》――と見立て、さらにそれから10年の歳月が経ったある日。
彼は痛ましい事故で足を負傷し、片足を引きずりながらの生活を余儀なくされたことを、いま想う。
まだ傷を負っていなかった頃、私はある思いから彼を責めたて、嫌悪し、仲をとりこわしてしまった。怪我をした後、私は一度も彼と口を利かなかったのだ。そうした赤の他人の関係は長く続いた。片足を引きずる生活も、それと同じくらいに長く続いた。

颯爽と歩けるようになったなら
ある日、彼の足の具合が良さそうなのに気づいた。以前よりも身を軽くしたように歩いていたのだ。
足が快復したら――いずれまた私と彼の関係は修復されるのだろうかと、夢想することがしばしばあった。
大江氏の「不思議な少年」の所作を模倣して、この長い年月の「親密な手紙」の裏に、引用ではなく全くの創作文を、書き込んでみたくなった。
ピルケースがあかないよ ってなって
ま、いいじゃないので お互い納得して
笑って抱き合って
生まれ出たのがグリーンボーイだった
グリーンボーイは大人になって足を負傷するまで
いや 足を痛めたあとだって ずっとささやかに
幸福だったと思うよ
私はそう信じてる

でももっと幸せだと思えたことというのは、もしかしたら、こらえてこらえてずっとそこにいて、独りで懸命に働いてきたのちの、ようやく蕾みが花開いたことにも似た、親密な関係への予感ではないのか。
じんわりと涙が出た。
彼は私の見える場所から、気が遠くなるような年月のあいだにも、少しも離れていなかったことが、私にとって息苦しいほどの幸せに感じられるのだった。
あの時、私がいくら責めたてても“絶対”に“ことばで表さなかった”胸の内の真意は、時間と共に忘れ去られるものではない。遥かに大きな形をしていて、私はいまやっと、その大きさに気づいたのである。
わたしが生まれ、
かれも生まれた。
そのことだけでもうじゅうぶんじゃないか。
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