
ウェブサイト更新終了のご報告
先日、ウェブサイト[カゼヒカル やましい大人の性のテクスト]で公開してきた「人新世のパンツ論〈花鳥風月編〉」を脱稿し、「㉑最終回・世界はパンツで出来ている」をもって終了した。全21回に及ぶシリーズの幕を下ろした形となる。
ここでご報告したい――。
この[カゼヒカル やましい大人の性のテクスト]ともう一つ、[美裸態プロジェクト]は、2026年9月30日をもって、完全終了ということになった。これらのサイトの新しい記事は今後書かないし、更新しない。
ただし、閲覧は今まで通りできるので、ご自由に来訪してほしい。今後ともそれぞれのコンテンツを楽しんでいただきたいと思う。
作成アプリの契約切れです
さて、どうしてこの期に完全終了なのかというと、理由は至極個人的なことなのだ。
ウェブサイトを作成するアプリケーションソフトの会社との契約が切れたのである。つまり、サブスクを解約したのだった。それは事前のことで、個人的なサイト運営に関するプラン変更に則ってのことだった。
ただ、タイミングが悪いことに、ここ最近パソコンの調子がすこぶる悪かった。そのため、つい先日、新しいデスクトップのWindows 11パソコンを買った。これを書いている時点では、まだ新しいほうに乗り替えていないけれど。
新しいパソコンに乗り替えるとなると、ちょっとした問題が生じる。ライセンス認証の都合で、アプリの利用を継続することができないのだ。
そういう理由で、古いパソコンを使って、急ピッチで予定稿の更新を早める結果となった。幸い、9月30日までに両サイトの投稿分を全てアップすることができた――という次第である。

「人新世のパンツ論」という下着ハック
[カゼヒカル]では、なんといっても「人新世のパンツ論」のシリーズがメインコンテンツとなっている。このシリーズの投稿は、休眠期間も含め、のべ3年間続いた。
3年ものあいだ、数え切れないほどのパンツを穿いて撮影し続けた。100枚を軽く超えたのではないか。これは私にとって、生涯忘れえぬ“研究生活”の思い出ともなった。
「人新世のパンツ論」について語る際、たびたび前段で断ってきて、今さら…という気がするけれど、ここでいう“パンツ”とは、下着のパンツのことである。今では誰でもアンダーウェアといったり、インナーといったりしているが、昔は日本では“パンツ”というと、下着で穿くインナーだけを指していた。
要するに、「人新世のパンツ論」は、メンズのアンダーウェアについて、かなり突っ込んだ話――子どもの頃に穿いていたパンツとか、パンツの種類や用途のこととか、パンツの歴史についても言及したりしている。また、男性がパンツを穿く際に、様々なトラブルや問題点、あるいは可能性を秘めていることにも語り尽くしてきたつもりである。当然、私自身のパンツ一丁の画像が多い。
とはいえ、これほどまでにパンツについて考えたことは、過去に一度もなかった。
私は学生時代、下着のことどころか、性について熱心に友達と語り合ったこともなかったし、むしろ話すことはタブーだと思ってきた。
実は語ること自体、今でもかなり恥ずかしいと思う部分がある。それは間違いだとも気づいているが、それでも恥ずかしさは消えないのだ。
だからといって、この話を閉じるわけにはいかない――という思いがあった。誰しもパンツのことなんて、恥ずかしいことだと思っているからこそ、「人新世のパンツ論」の意義があったのだ。そのため、私は何かしら躊躇しながらも、全面的に裸を晒してきたのである。ここは誤解しないでいただきたい。

ブリーフを穿き、フンドシも締めた
「人新世のパンツ論」の最初のシリーズは、2023年11月に始まり、25年1月で終わった。全19回にわたり、様々なトピックスを語り述べてきた。
手に入るだけのいろいろなパンツを穿いたわけである。
普段穿いているようなボクサータイプにもけっこういろいろな種類があった。大概、ブランドのアンダーウェアは上質で穿き心地がいい。前開きのあるパンツは重く、無いパンツは軽いという単純な発見もあった。学生時代を遡ると、私自身いくつかの種類のパンツを穿いていた。ブリーフ、トランクス、そしてそしてボクサータイプのブリーフ――。
シリーズを通じて、ブリーフの言及は特に多かった。
前開きのあるブリーフは、重く、大きめだ。学生時代はかなりサイズ感の伴わないブリーフを穿いていたので、ぴっちりとしておらず、隙間だらけだった。ぴっちりしていると股間が強調され、ゆるいと隙間からなにかがポロリと見えたりするトラブルも多かった。
当時の小中学校の校則では、一般的な“白のブリーフ”以外、男子は穿いてはいけませんという規定があった。何かしらトラブルが絶えないブリーフは、自身の小中学校時代を通じて、諸々のエピソードも絶えなかった。「人新世のパンツ論」ではふんだんにその手の話を盛り込んでいるのだ。

フンドシ(褌)についても言及が多い。
日本人の男性は、古くから褌を締めてきた歴史がある。なので私も、実体験を語るため、いくつかのフンドシを締めたりもした。
初めて締めるフンドシなのに、なぜか妙にしっくりとくる定着感があった。腰巻き(腰締め)としてのフンドシは、動くことの多い労働環境には最適なアイテムだったのだ。下着でありつつ作業着なのである。
昔の日本人男性は「アウターとしてもフンドシを晒してきた」歴史的事実があるわけだが、それは作業着としての利点があったからだ。服を着ることで労働がしづらくなるのを考慮して、一本着の“フンドシ一丁”のスタイルが一般化した背景には、ファッションを度外視した日本人の粋な姿を見ることができる。
なので、フンドシに関するテーマやトピックでは、“日本男児”(ニッポン男児)というワードがふつふつと湧いてきて誇らしげな気持ちになったのだが、よくよく調べてみると、フンドシは決して日本固有の下着ではないことがわかった。
旧時代の世界あちらこちらの風習で、フンドシに酷似した腰巻きで労働生活をしていたそれぞれの民族の歴史がある。このことを知り、一気に溜飲を下げたのだった。フンドシにまつわる話は、どれもこれも奥の深い面白い話ばかりだった。
ちょっと過激な〈花鳥風月編〉
そうそう、そんな「人新世のパンツ論」の最初のシリーズは、[カゼヒカル]ではなく、旧ブログ[Utaro Notes]に不定期連載していたのだった。
昨年末、その旧ブログの数百稿にのぼるデータ(本文と画像)が、そっくりまるごと消えてしまった事件が起きた(「青沼ペトロの年頭所感―[Utaro Notes]消えました」参照)。ちょっとした操作ミスで、数秒足らずのうちに全てのデータが消えてしまったのである。この時のショックはことばでいい表せない。
なんとかインターネット上の諸対策を講じ、全体の3分の1程度復旧することができたが、「人新世のパンツ論」は[カゼヒカル]に移行する形で再録し、残念ながら完全再録とはならなかった。③、④、⑤、⑨、⑰の回が欠落してしまっているのだ。
これに関しては面白い――というべきか、あるいは奇妙な――というべきか、とにかく謎なのは、これら欠落回は全て、ブリーフとフンドシに関するテーマだったのである。その本文と画像は、おそらくこれからも永遠に、閲覧することはできないだろう。大変惜しいことをしてしまった。
続編の〈花鳥風月編〉が[カゼヒカル]で始まったのは、2026年の初旬である。全21回の投稿で先月末に終わった。
最初のシリーズよりもかなり突っ込んだトピックが多く、露骨な画像もところどころ盛り込まれている。しかし、パンツ論はここに極まれり――といった感慨が深く、終わってもまだその余韻がある。

恥じらいは消えない?
最初の「人新世のパンツ論」から3年の月日が流れ、それこそ数え切れないほどのパンツを穿き、写真撮影をおこなった。
意外に思うかもしれないが、私自身、最初の頃よりも、恥じらいという面では回を重ねるごとに増してきたように思うのだ。素っ裸でパンツ一丁を晒す、という恥じらい――。
学生時代の頃のような激しい羞恥心は、さすがに大人になってからは消えた。しかしながら、淡い感覚で恥じらいは残り、えい! や! の勢いで「人新世のパンツ論」のシリーズを始めたけれど、素っ裸をさらす経験(?)を積んで恥じらいは摩耗するかと思いきや、とんでもない。近頃、恥じらいがさらに増して、裸になるのが本当に恥ずかしてくしょうがない――ほどになってきた。
今ではすっかり、温泉地の公衆浴場でお風呂に入れないほど、人前で裸を晒すのが嫌になった。だから、とくに〈花鳥風月編〉でやっていることは、特殊な心持ちのことなのである。勢いであり気合いであり、そうしたものがなければやり通せなかった。「チラ見されるパンツを良し」として始めたことが、すっかり真逆の耐性に戻ってしまったのは皮肉である。
具体的にことばで表現すると、端的にはこういうこと…。ある時、私は発見したのだった。
ヒトの乳首の色は、アソコの色と同じ――。
他人の乳首を見れば、アソコの色も同じ色をしている…。
これを知って、一気に恥ずかしくなってしまったのだ。つまり乳首が黒い人は、アソコの色も黒いのだ。乳首とアソコが同じ色をしている。本当かどうか、他人の乳首を見て、試してみてほしい(というわけにはいかないので、自分の乳首の色とアソコの色を確かめてみてほしい…)。
ぎょぎょっ。
これはおそらく、男性に限らず女性もそうなのではないかと思う。ならば余計に恥ずかしくなってくるではないか。だからもう二度とお外で裸を晒すのが、できなくなってしまったのである。そのうち何かの拍子で、平気になってしまう可能性もなくはないが…。

お尻は恥ずかしい
やはり個人的には、乳首の色云々より、お尻を見られる(撮影する)ほうのが恥ずかしかった。
何度もいうが、お尻は絶対、恥ずかしい――。それの具体的な理由については、「⑯パンツとお尻の関係」できっぱりと述べているから読んでいただきたい。お尻は、パンツ越しでも恥ずかしいのに、“ナマ尻”なんてもっと恥ずかしいわけだ。これこそ人には絶対に見られたくない。私が「公衆浴場ノー、露天風呂ノー」になってしまった原因はそれである。
個人的に苦手なお尻晒しを、「人新世のパンツ論」では堂々と披露しているではないか、と思うかもしれない。
それはそうではない。
とにかく辱めの極みなのである。パンツの形を見てもいいが、お尻は見ないで…と思ってしまう。複雑な心境であった。
だが客観的には、ヒトが様々なパンツを穿く以上、お尻の形も、その“ナマ尻”さえも、人生のうちに数多く露見されてしまうことは避けられないのだ。「蟻の門渡り」を撮影した回の時は、それこそ高所から海に飛び込むほどの切迫した気持ちだった。私は一体何をやっているのだ? しかし、よくやったと褒めていただきたいのである。慣れるどころか羞恥心はどんどん蔓延るばかりだが、これはもう仕方がないことだ。
みんなでパンツを語れ
そろそろくどくなってきたから、もう書くのをやめよう。
私がいいたいのは、それでもなお、「人新世のパンツ論」は奥が深くて面白いということだ。
全シリーズが終わってしまった――。
これでもう、ひっきりなしに新しいパンツを穿いたり脱いだりしなくていい。でもたまに、変わったパンツをはいてみたくなる。そんな習性が身についてしまったようだ。
いや、でもパンツは結局、毎日穿き替えるものだから、別にいいのである。撮影のために用意した新しいパンツを穿かなくていい、というだけのこと。
こいつ、チンポ臭そう、とか、マンコ臭そうじゃね? などとSNSで罵詈雑言をひょいと簡単にポスティングしてしまう悪辣な人にあっても、「人新世のパンツ論」? これはくだらねえ…とは、いえないな――と思ってもらえるくらいに、内容を盛り込んだつもりである。ただし最低限、身体は清潔な見栄えを保ってきた。汚いものは極力見せていないし、私の身体が汚いとは思っていない。恥ずかしくはあってもだ。
実際、撮影現場はいい香りがしていたし、写真はなんらかの芸術性を伴っていなきゃならない。その点だけは考慮した。
メンズのアンダーウェア〈パンツ〉は、男性性のパラレルワールドなのである。下着の選択を硬直させていた時代、敬虔なフンドシ志向の時代、もう少し後の時代でブリーフ全盛の時代においても、まあはっきりいって、「どいつもこいつも男性的で〈汚くてかっこ悪い〉」という陰口の趨勢でタブー視されてきたパンツの話を、私は力を込めて、堂々とおこなった。
いまは逆の時代である。
様々なメーカーが跋扈し、下着のパンツは多様化して裾野が広がった。個人主義の自由な下着選びができる時代なのだ。
にもかかわらず、まだまだ消費者は黙りこくっている感がある。
自分の穿くパンツについて、語りたがらない。
「恥ずかしいから語らない」で済ますのではなく、恥ずかしくても「語れるパンツ」の日々であってほしい。私はそこに、風穴を開けた。誰しも語ってほしい。パンツのこと。そういう思いがある。
ということで、これからも[カゼヒカル]のサイトで「人新世のパンツ論」を読んで楽しんでいただけたら幸いである。
私もたまに、振り返って語ることにしようか。
どうか皆様、これからもよろしく。ありがとうございました。

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